住まい創りに大切なもの
日本人は木造が好きなくせに嫌いなふりをさせられている、もっと考えるべき
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2007年03月17日(Sat)
住まい創りに大切なもの
家というものの価値観をどのように捕らえるかは人によって千差万別です。 小生の頭には現実の生活を前提に置いた家創りともいえるものが染み込んでしまっている性でしょうか、デザイン性を優先する設計は若い頃はそうであったかもしれないけれど、今はそれが本来のあるべく姿として到底考えられないのです。 ところが世の中の人気を勝ち得ようとすると写真的いや今風に言うとビジュアル系の住まいがもてはやされて、生活という生の人間を包み込む住まいは価値観が低いようです。 というよりその価値が分かりにくいようです。 どうしても優先したいのは、デザイン性が高く非日常的なリゾート気分とも思えるような住まいで味わう充実感よりも、お風呂が気持ちいい、朝起きるのが楽だ、夏の夜風が気持ちよく入る、美味しい野菜が収穫できる、などなど、具体的で分かりやすいシンプルな生活の充実感が味わえる住まいに価値観の重心をもってゆきたいと思ってしまいます。 みなさんはいかがですか? 若い学生建築アスリートの頃は時代を先取りするようなプランは人の人生にも影響を与えるのではないか、またそんな家創りがあってもいい、と思いを巡らせたものですが、最近は家創りは林業にも似た自分の世代では変化させてはいけないような普遍的役目、自ずとたどり着くような枠が存在することに気がついてきました。 これは考え方が年とともに硬くなってきたのではなく、50才を過ぎたからこそ確信的に分かる普遍性、仏教の輪廻転生にも似た真実なのです。 木造の住まいと林業、環境、これらのキーワードは時代を先取りしているように感じています。 話が大きくなりすぎて理解しずらくしてしまいました、失礼。
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