継続は設計力なり〓骨のある作品を仕上る

設計監理は新しいアイデアを発掘する作業でもあります





2008年03月19日(Wed)▲ページの先頭へ
フラット35って何だかご存知でしたか?
最近依頼を受けた案件の書類作りでフラット35のサイトを閲覧していて分かったのですが、その適合証明技術者が地元揖斐川町では私ひとりになっていました。

池田町ではひとり、大野町と神戸町、安八町にも不在です。(こちらで検索してみてください)

適合証明技術者はフラット35を利用して家を建てる方に、その技術基準を満たしているようにしてあげる水先案内人です。そしてそれを公的に証明書を発行する役目を負っています。(詳しくはこちら

フラット35は家作りを考えてみた方は一度はお聞きになったことのある言葉かもしれませんが、最近テレビのコマーシャルも聞かなくなってしまい、おそらく一般にはあまり知られなくなっているのではないでしょうか。

制度の形態を変えたものの過去の住宅金融公庫住宅の内容と技術的には変わってはいません。

変わっていないというのは技術基準の確かさにおいて変わっていないという意味ですが、守らなくてはいけない技術基準も過去のそれに比べて充実していますし、家を建てるときに守らなくてはいけない工事基準が示されていて、それを現場検査で保障できます。

低利で固定金利ですから月々の返済額を計画できます、新築だけでなくリフォームや中古住宅や中古マンションの購入にも結構大きな資金利用できます。

建築関係の話題で世の中を騒がせている昨今、そんなに大きな支出をしなくても我が家の一定の品質を守ることが出来るこの制度、振り返って考え直してみる必要を感じます。



2008年03月03日(Mon)▲ページの先頭へ
設計の原点に返る
夕べもふと思いついたというか、よく考えれば必然性のある思いつきです。

ネットやオープンハウス、(既知の知り合いを含めて)知り合いのご紹介などからプランの作成から設計監理までお付き合いくださり、紆余曲折の末、完成まで短期間ではありますが苦楽を共にしてくださった建築主の皆様がたくさんいらっしゃいます。

もちろん、たまにお会いしたり電話で会話したりすると思い出話に花が咲きますが、せっかく設計監理という建築への直視スタンスで時間を共有し、興味も持って頂いたのに、当然といえば当然ですが完成したらそれが薄れていってしまうのには、以前より寂しい思いを持っていました。

そこでネットお宅の私が思いつく結局こんなこと。

作らせて頂いた建物に関するメンテナンス知識やヒント、建築していた頃にはそんな余裕も無く思い浮かべることも無かった建物の価値、甘さ辛さを感じないたわいもない建築にまつわるよもやま話など、そんなこんなを通じて繋がっていたい。

不特定多数に発信するメルマガより親近感のある、ひとつの枠を感じる定期的なメールをそんな方々に発信していたいと考えたのです。

糸電話は糸が切れれば声が聞こえづらくなる、繋がっていれば「意図」電話にも変身(返信)可能です。

施工業者さんの定期点検より発展的で暖かみのあるものが目指したいですね。


2008年02月21日(Thu)▲ページの先頭へ
住まい創りに大切なもの
先週の休日、建築士会の行事で建築相談のカウンターに座っていました。

よくある相談なのですが、「住まいを新築したいのだけれど私はどこへ行ったらいいの?」と目を点にして返答を求めてくるのです。

とにかく世の中には「これが最高の住まいです」とばかりに全てが我田引水のスピーカーで耳がよく聞こえなくなるほどです。

確かに今の厳しくなった基準で建つ家は丈夫なのですが、建てようとする本人がどうしていいか分からなくなるほど情報過多です。

本当にお気の毒です。

過去の一時期のように住宅を創るのに設計者を代理者として設計と工事を進める形(設計監理)をまったく知られてないという状況ではなくなってきているようですが、でも相変わらず「そんなの聞いたこと無い」という方は多いようです。

どこの誰かは知りませんが、マスコミを利用してある種の妄想を抱かせてしまうかのような説得の仕方を見るにいたっては、ますます相撲ワザの猫だましのようなものです。

どれだけ時代が変わっても、工法が変化しても自分のほしい住まいはたったひとつ、けっしてメーカーが契約というレールに乗せて全てを与えてくれるものでもないのです。

自分の足で確かめることから全てが始まることを是非忘れないでください。

毎日の設計と現場監理を通じて、常に住まいに対する思いを反芻している人間の人としての中立な意見を確認して欲しいものです。

一生を賭けて築き上げてきたものを無駄な投資にしたくないものです。

あの日のイベントに来てくださった方の目を思い出すとそんな思いを確認させられました。




2008年01月17日(Thu)▲ページの先頭へ
環境チェック
竣工、引渡しから数ヶ月あるいは数年後の様子は現場監理をしている人間にとって興味があるものです。

ここ数日間に何件か時間を作ってお邪魔してきましたが、やはりというお話を窺うことができました。

設計計画の時点ではデザインの良し悪しがよく話題に出てくるものですが、数年を経過してくると聞かれなくなってきます。

確かにそれに対する満足度が高かった人、低かった人の差はあるのかもしれませんが、興味は薄れてしまうのでしょう、特に住まいという生活というライブ感のある建物では。

部分の不具合、たとえば建具や無垢材の伸び縮みなど動きのともなうもののメンテナンスは早期に対処しておくのですが、(ご本人にと取っては不愉快な出来事であるのは間違いないのですが)それ以上に興味のある事柄があります。

それは室内の温度、匂い、など空気感とでも言いましょうか。

これはメールなどでお聞きするより、私自身が体感するのが一番です。

特にこの時期ですと暖房機の運転時間や温まり具合、室内での行動の自由度、肩が凝らないか。

匂いの具合で換気扇の動きも分かったりします、無臭に近い状態であれば大丈夫。


「体が楽な状態で、この時期はうちへ戻るのが楽しみですよ」という言葉をいただくより、私自身が我が自宅の環境と比較するのが一番なのです。

灯油高騰の折、生活費節約に貢献出来ている省エネルギー住宅に満足していますが、それよりも体が楽に過ごせるという健康面が理解を生んでくれているようです。



2007年12月29日(Sat)▲ページの先頭へ
建築ジャーナルに掲載されました


「建築設計者としての生き方」なんてタイムリーなタイトルになっているとは知らなかったのですが、年末のある日に建築ジャーナルさんから作品掲載の提案を頂いて、これも何かの縁かなと感じるところがあり、お受けしたのです。

掲載させていただいた建物の建築主の皆様や施工に担当してくださった工事関係者の方々には、チャンスを与えていただいたことに感謝しております。

先に書きました表紙のタイトルがこうなっているとは知らされていなかったのですが、まさに「偽」まみれになってしまった2007年の社会現象から想像すれば自明の理。

この数年に竣工した建物を中心に、それぞれのテーマになった事柄をつたない短文に綴りつつ、私としての「建築設計者の生き方」を表現したつもりです。

大げさな表現かもしれませんが、自分がこの世から消えても残る建築物、(否、その建築物さえもいずれはこの世から消えてなくなるのですが)それを創るという作業に誇りと自信を持って望むという心構えを忘れてはいけないと自戒してみる必要を感じます。

望んで入ったきたこの世界でも、生き残るためとばかりに不正や裏ワザに走ることをよしとする風潮は頑として残っているのは事実ですが、それが設計の本質自体までも曲げていってしまうように考えています。

愚直と言われても、その人がこの世から消えてさらに創った建物もこの世から消えても残るものがあるとすれば、「それが何か」を茶化すことなく真面目に考えつつ進みたいものです。

おおとりを飾るように巻末に写真集とともに独り言をボソボソと語るように書かれている文章をそんな思いを持ちながら書いたのだと思いながら読んでみてください、一味違うかもしれません。



2007年07月24日(Tue)▲ページの先頭へ
手すりのありがたさ
五体満足で身体的に不自由なく毎日仕事をさせていただいている幸せを感謝しなければいけないのに、何故か不満に思うことはいくつも出てきます。

仕事が思うように進まないことは仕方が無いことと諦めても、体感できないのは手すりなどの生活補助用具のありがたさです。

朝6時半のラジオ体操をはじめるようになってからはギックリ腰になることが無くなり、唯一手すりのありがたさを感じるチャンスは幸か不幸か訪れることは暫くなさそうです。

手すりがトイレのどの位置に、階段のどの高さにあれば一番便利なのかは障害の種類によってかなり差があるのは机上の空論・・・・という幸せ。

しかし、設計を毎日している人間が知らないのは不幸。

ここのところ進めている福祉施設の手すりなどを描きながら、分かっているようで分からないもどかしさに思いを巡らせています。





2007年07月04日(Wed)▲ページの先頭へ
余裕は単なる気分転換?
毎日の生活を少しでも余裕をもって、人生楽しみながら生きたいものだとの思いを持っておられる方は少なくは無いはずです。

ところが生まれもった性分というか宿命というか、余裕は毎日を忙しくしている中から刹那的に散りばめられた宝石のように存在していると考えてしまう。

ゆったりと大洋のように目の前に広がって、多くの時間を使うのが余裕というのではないと。
・・・・いつかはそんな過ごし方をしたいと内心思っているのだけれど・・・・

最近、完成したW邸、かの建築主から聞けた感想。

電気代がこんなに下がるとは思いませんでした、(建築主自信も想像外でしたが)こんなにいい建物にしてもらって良かったですよ。

こんな言葉は、どんなに小さな声でもしっかりと自分の耳に入ってきます。

設計料なんてもうサービスしちゃいます・・・なんて言ってしまいそう???

嬉しい言葉に生活の中に見つけた本当の余裕を感じて、ゆったりした気分にしばらくは浸れます。


2007年06月23日(Sat)▲ページの先頭へ
地球温暖化と屋根の熱反射遮熱ボード
話題はいきなり大きなサブタイトルから始まってしまいます。

先のサミットでも大きく取り上げられた地球温暖化阻止に関する宣言文。

問題は地球規模の大きさですが、ひとりの人間が出来ることは小さすぎます。

どうせひとりくらい協力しなくても地球はどうにかなるほど自然の包容力は大きいに違いない、というじゃな_い。

冗談交じりにノンキに構えているとあなたの孫はあなたのそんな考えを恨むことになりかねないのです。

安部総理の支持率低下の性か、サミット宣言文に対するコメントを述べる表情に悲壮感を感じてしまっているのは私だけでしょうか。

そんなある日に以前各務原の現場でお知り合いになった石川の福田さんからの嬉しいタイムリーなお便り。

夏が近づいてきたからというわけでもないが、屋根の垂木の下端に張ってしまい、屋根通気と熱反射で遮熱効果をだす優れもののボードの情報提供。

特に特別な工法でもなく、シンプルで分かりやすく簡単な施工方法です。

これと気密を組み合わせれば、冬暖かいだけにとどまってしまう省エネルギーは、夏は涼しい省エネルギーになります。

ちょっと専門的ですが、省エネルギーは何かといえば、人間にストレスを与えない工夫なのです。

この簡単でお金の掛からないアイデアは、安部さんも笑顔で賛成していただけそうです。

久しぶりの興味深い情報に、素直に感動。

さっそく設計中のプランに取り入れることにしました。





2007年06月16日(Sat)▲ページの先頭へ
談合問題を乗り越える設計事務所の存在価値
最近、地元のお役所で過去に指名をいただいたことのない、いわゆる実績のないお役所からメールが入ってきました。

メールアドレスは、会社用、個人用、お役所通信用、銀行用、アフェリエイト用、などなど複数持っています。

レンタルサーバーは大容量にしてセキュリティーのしっかりした会社のものを利用してつまらない迷惑を被らないように、掛けないようにしてあります。

面白いのは、仕事の指名メールをいただいた役所は、そんな多くのメールアドレスのうちの一番古い公開度の高い、つまり最もスパムの標的にされやすいアドレスを使用されていたことです。

ここからは想像の見解ですが、たぶんブログやホームページが検索エンジンに掛かって選んでいただいたのかな?という甘い観測です。

ただ単に作品を公開するにとどまらず、何を考え何を創っているかといった血の通った、体温を感じるブログの存在が効を奏したのかな?

などと勝手に喜んでいました。

最近の新聞紙面を賑やかに飾っている談合問題にも、曇りのない信頼を築けるかという大事なポイント、発注者であるお役所が受注者である建設会社や設計事務所を選定する判断基準が不可欠であるに違いありません。

コンペやプロポーザルでも見えてこない信頼感は、やはりお互いの考え方を知ることの出来るツールが必要なのでしょう。

こんなところに糸口があったと発見した気分を持った指名メールでもありました。












2007年05月22日(Tue)▲ページの先頭へ
温度差のない暮らし
みなさんは住宅の室内空間において天井付近と床付近の温度差が少ないことが、予防医療になることをご存知ですか?

シックハウスを研究している医学者が、気密断熱を気にして作られてきた従来の住宅と、気密断熱を設計上で制御して作られた住宅にシックハウス症候群の既往のある人の協力の下に実験を試みている例があるようです。

同一条件のもとに一定期間滞在していただき、その血圧と脈拍を比較すると明らかに気密断熱を気にして作られた住宅に軍配が上がっています。

そのあたりを勉強されているある知り合いからのメールを以下に紹介しておきますが、私も心して取り入れている設計方針がエネルギーロスを押さえるだけでなく、予防医療にもなっていることに充実感を覚えました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

すでにご報告済みですが、「シックハウスと考える会」と「安全な住環境に関する研究会」
とのジョイントで健康住宅モデルハウスが昨年完成しています。勿論アイシネンが採用
されていますが、5月15日に研究会の総会と報告会が東大坂本先生や省庁の方々さらに
杉田医学博士(大阪労働衛生総合センター所長)も出席のもとに行われました。キング
ラン・ハウネストもこの研究会の会員として今後活動を開始して行きます。この報告書
は国交省住宅局の名前で出版されています。

報告の中で、血圧測定の比較が発表されました。温度差がない居住空間ではいかに安定
しているかがわかります。協力者は45歳のシックハウス症候群の既往のある男性で
血圧、脈拍の測定結果です。築20年在来住宅の温度差のある結果との比較です。

* 在来住宅での各室の温度と入浴前後の血圧変動
   場所         温度    血圧     脈拍
   リビング       17℃  126−84  72
   風呂場        6.4℃ 151−101 76
   入浴中 風呂湯温度 41℃   137−78  79
   入浴後             147−98  76
   リビング       17℃  124−84  75

* モデルハウスでの各室の温度と入浴前後の血圧の変動
   場所        温度    血圧      脈拍
   リビング      19.5℃ 120−80  72
   風呂場       19.5℃ 131−85  76
   入浴中 湯温41℃       125−82  74
   入浴後             134−86  76
   リビング      19.5℃ 122−82  75

温度差のない暮らしでは、以上の様に最高血圧、最低血圧とも変動は少ないという事
がお分かりいただけると思います。住環境を良くする事は、予防医療に繋がっている
といえます。予防の大切さを改めて認識したいものです。






2007年04月06日(Fri)▲ページの先頭へ
団塊世代の家作りは慌てないこと
団塊世代のいえ作り、などという言葉を聞くことが多くなりました。

今までのいえ作りと何が違うのかを教えて欲しいものですが、何も変わることはない。

すでに存在していたパターンの中からコマーシャルに乗りそうなのを選定しては大声を出して叫んでいるだけのようにも思えます。

いつの時代にもコピーライターたちの言葉遊びに乗せられてしまうのは家作りの夢に酔った人たちです。

経済効果の風を吹かせるのがライターさんの役目で、確かに設計者もその一端を担う運命にあるのは否定しませんが何か寂しい思いをするのは私だけでしょうか?

団塊の世代の人々の内どれだけの人々が退職金を家作りに捧げるのかは知りませんが、大きく変わった生活習慣が自分の健康に与える影響を考えて、まず体のこと、そして自分自身の思いを再確認してから、おもむろに家作りに取り掛かって欲しいと考えるこの頃です。






2007年03月23日(Fri)▲ページの先頭へ
身近にある免震構造
人にも忍耐強い人と逆境を受け流すように生きてゆける人がいるように、地震に耐え忍ぶ建物と地震を受け流す建物があるのをご存知でしょうか?

ちょっと考えてみても耐えて生きてゆくのはストレスが溜まってしまい、どこかで耐え切れなくなります。
逆境を受け流すように生きてゆける人は持って生まれて器用な人か、苦労の末に悟りを開いた人、もしくは鈍感な性格?かもしれません。
(小生の身の回りにも驚くほどデリカシーのない人がいます???)

実は建物の場合はそれほどの苦労もせずして地震を受け流すことができます。

木造の伝統工法、耐力壁が少なく釘などの金物ではなくホゾやクサビ、ヌキなどの仕口が構成されている建物、身近な例では神社や寺などです。

基礎は石の上に固定もせずに柱が据えられているだけ、柱とは柱はヌキで繋がれており、梁は柱に長ホゾで抜かれてクサビで止められている。

柱や梁はこれでもかと言わんばかりに身が太く、まさに自然素材の固まり、森の復元物です。

地震の実大実験でも阪神の大震災クラスの揺れにも、ギシギシと石の上で揺れながらも究極の免震で復元してしまうのも見たことがあります、めり込みが生じた部分は部分補修で元のままになる。

耐震、耐震と騒がなくともヌキ構造を見直して住宅の基本構造に取り込むことに目を向けてはどうでしょうか?

マスコミに流されて、にわかじたての建築知識でメーカーの手先のような家を作るようでは地震がきて壊れてしまうのが関の山。







2007年03月17日(Sat)▲ページの先頭へ
住まい創りに大切なもの



家というものの価値観をどのように捕らえるかは人によって千差万別です。

小生の頭には現実の生活を前提に置いた家創りともいえるものが染み込んでしまっている性でしょうか、デザイン性を優先する設計は若い頃はそうであったかもしれないけれど、今はそれが本来のあるべく姿として到底考えられないのです。

ところが世の中の人気を勝ち得ようとすると写真的いや今風に言うとビジュアル系の住まいがもてはやされて、生活という生の人間を包み込む住まいは価値観が低いようです。

というよりその価値が分かりにくいようです。

どうしても優先したいのは、デザイン性が高く非日常的なリゾート気分とも思えるような住まいで味わう充実感よりも、お風呂が気持ちいい、朝起きるのが楽だ、夏の夜風が気持ちよく入る、美味しい野菜が収穫できる、などなど、具体的で分かりやすいシンプルな生活の充実感が味わえる住まいに価値観の重心をもってゆきたいと思ってしまいます。

みなさんはいかがですか?

若い学生建築アスリートの頃は時代を先取りするようなプランは人の人生にも影響を与えるのではないか、またそんな家創りがあってもいい、と思いを巡らせたものですが、最近は家創りは林業にも似た自分の世代では変化させてはいけないような普遍的役目、自ずとたどり着くような枠が存在することに気がついてきました。

これは考え方が年とともに硬くなってきたのではなく、50才を過ぎたからこそ確信的に分かる普遍性、仏教の輪廻転生にも似た真実なのです。

木造の住まいと林業、環境、これらのキーワードは時代を先取りしているように感じています。

話が大きくなりすぎて理解しずらくしてしまいました、失礼。



2007年02月18日(Sun)▲ページの先頭へ
木材と化学物質はやはり仲が悪いのか?

金属と水でニオイ分子を分解するスメルキラー/ピンク





昨日は久しぶりに仕事から離れた日でした。

とはいえ、ぎふの木で家づくりコンクールでの表彰式に出席したということですから100パーセント離れたわけではない訳ですが、普段の緊張感からちょっと解放されてゲスト建築家のお話を聞く機会にも恵まれました。

丹波篠山で古民家再生に取り組んでおられる才本謙二氏のお話でした。

岐阜県産の木材使用を伸ばそうという取り組みの中での講演でもあり、やはり人間の住まう空間には肌に合う木材や土などの朽ちてなお美しい素材で作り上げて、それに身を任せるように年老いてゆくのが幸せではなかろうかというまとめでした。

もちろん人間の生活空間には化学物質は似合いません。

才本氏はそれをペットボトルの中の水に人間を例えて、不自然な状況の中で生活を続けてゆけば密閉された空間の中で心身ともに不健康な人生をおくることになるのでは・・・
といわれました。

自然素材と相性の良い先進的な化学物質とのマッチングで気密断熱空間を作ることにより通風効果を促し、自然な空気環境を作ろうとした小生の提案とはどこか食い違いを感じて聞いていました。

一気に過去の良き時代にあった自然な暮らしに戻してしまえば、理想ではあれどやはり現代人はストーブやエアコンを持ち込んでしまうことでしょう。

小生があえて気密に拘るのは内部の空間形状を工夫することにより自然な通風を呼び、エアコンという日本人の自縛霊から解放させる一手であるということを再確認したいところです。

木材のみに拘る考え方には、現代人に多く受け入れられる現実味と将来性を感じないため、環境技術とマッチングさせることを更に提案したいものです。



2007年02月03日(Sat)▲ページの先頭へ
壁の下地




人によって住宅に対する価値観は面白いほど違うものです。

価値観の多様化は自由で豊かな社会の裏返しで喜ぶべきことではあるのですが、それでも本来のあり方は昔からそんなに変わってはいないのではないでしょうか。

誰もが考える共通の価値観が住宅に対するそれにもあるのは間違いないとは確信しているのですが、表面的な具体的好みは呆れるほど千差万別です。

住宅は生身の人間が過ごすという当たり前の事実があるのは百も承知のはずの設計者が、ときとして自分の主義に溺れていて見逃してしまう悲しさも感じます。

壁という存在に対して生活するご本人が設計者が思いもよらない感想を漏らされることもあります。

「どこに絵を掛けましょう?」

たったこの一言でハッと目が覚まされて、自分の思っていた住宅に対する考え方と大きく外れてしまっていたと反省したことのある設計者はたくさんいらっしゃることでしょう。

必死に自分の考え方を実現しようと踏ん張っている設計者であればあるほど、絵を掛ける場所や下地の具合、果ては設計当初の雰囲気作りなど、グルグルと思いが回転することでしょう。

建築主であるあなたにお教えしたいのは、そこでさも簡単に「どこでもいいですよ」なんて淡白な答えしか返ってこないようでしたら、要注意です。

果たして何が作りたかったのかをお尋ねになった方が得策です。

どの業界もプライドを忘れた行動が報じられているようですが、それほど思い入れをもって仕事に当たりたいものです。

それにしても壁の下地がどこに入っているかははっきりしておきましょう。


2007年01月17日(Wed)▲ページの先頭へ
部屋の隅から眺めたインテリアデザイン




仕事が終わってからの私の憩いの場所は自宅の居間の隅っこです。

コーナータイプのソファーが南北に置かれた居間の南に西隅の部分、ここに南枕で寝転がってテレビを消して建築雑誌を読むのが癒しの時間帯、午後7時半頃から9時頃まで、そして朝早く。

なぜか部屋の隅に居ると落ち着くのは私だけでしょうか?

いかがですか?

8畳の居間の床近くから眺める斜め対角方向の天井や壁は、8畳にしては広く見えて、部屋の隅々まで見えて落ち着きます。

どんなに部屋が広くても隅っこが落ち着く空間であるのは人間の心理なのではないでしょうか。

子供が小学生の頃の運動会の日の昼食の時間に寝転がった体育館の隅っこ。

このときも同じ感覚に包まれたことがありました。

住まいのワンルームという発想には、隅っこの扱い方で隔てが無くても結構面白い空間作りが出来てしまうのもこれに関連した話ではないでしょうか。


2006年12月30日(Sat)▲ページの先頭へ
手作りキッチン




ショールームが用意されているメーカーのキッチンは、ショールームで見ているせいでしょうか、仕上がった状態は確かに美しいのですが、何か生活感がなくまとまりすぎているような印象を受けます。


手作りのキッチンは自らこうして使ってくださいと言われているようで、料理の楽しさを表現しているようにも感じますが大袈裟でしょうか。

機器の性能を見ていても力こぶを感じますし、オープンな空間には自由度があります、まさに一生使い込んでいきたい感覚です。


アクセントタイルはアーストンモザイク・ウエルディエイソシエです。

気密を確保するために、吉川化成の換気扇が排気を開始すると同時に吸気扇が回転し始めるという仕掛けも作りました。


2006年12月25日(Mon)▲ページの先頭へ
アイランド型キッチン




今年ももう少しでフィナーレ。

今年お会いした建築主さん、事務所へコマーシャルにみえるキッチン屋さんも、異口同音になぜかアイランド型キッチンがもてはやされていました。

アイランドを生かすプランは確かに意外性のある面白いものにはなりますが、果たして毎日の生活に負担にはならないかが不安でした。

充分な検討をされた方は良かったようですが、結局「ミーハー」に決定されかけた方もいらっしゃいました。

特に台所に向かう時間がどうしても短時間で終わらざるをえないような、「働く主婦」さんにはお奨めしたくないのです。

アイランド型キッチンを世に知らしめてくれた宮脇壇先生には申し訳ないんですが。

こんな考え方のキッチンはいかがでしょうか?


2006年12月15日(Fri)▲ページの先頭へ
私の「北方住宅」



揖斐川町には北方というところがあります。

揖斐はこの北方の伊尾野という地名がルーツと言われていますが、ここに2004年に完成したのが私の「北方住宅」です。

岐阜県にはもうひとつの北方町があり、そちらには岐阜県庁ご自慢の北方住宅があります。

かの磯崎新さんやデイラーさんが設計に参加された共同住宅群です。

前知事、梶原拓氏は中央の建築家さんがお好きなようでしたが・・・・

話を戻して、私の「北方住宅」は木造の2階建てですが、岐阜県の「ぎふの木で家づくりコンクール」に出品してあり、一次審査を通過して現地審査を受けることになりました。

夕食のとき長女と冗談を交わしているときに思いついたパロディーでした。






2006年12月14日(Thu)▲ページの先頭へ
辰巳工業のステンレス加工

グレコサイドテーブル2個セット






年末になってあまった時間を利用して「建築ブックマーク」さんの関係で、各務原の住宅の現場監理日記をまとめています。

今日もキッチンの流しを設置した頃の記事を書いていましたが、ちょうどその日が5月の25日で私の誕生日でした。

設置日が誕生日と重なっていたところで感傷的になる年齢でもないのですが、それ以上にキッチンの仕上がりの素晴らしさに感動したのです。

これだけ本格的なオリジナルキッチンを建築主さんと何度もデザインを打合せて作った経験は少なく良い経験をさせていただきました。

辰巳工業さんは知る人ぞ知る有名なキッチン屋さんですが、百聞は一見に如かず。

是非グーグルで検索してみてください。

また来年は「まちかどけんちくか」の内容をさらに詳しくお伝えできる編集を加える予定でおります。





2006年12月09日(Sat)▲ページの先頭へ
建築雑誌は何のため
日経アーキテクチャー、日経ホームビルダー、建築ジャーナル、建築士、アーガスアイ、中電さんが送ってくださる雑誌。

どの雑誌も興味深いことが特集してあり、欲張って全てに目を通そうと頑張るのですが、結局全てを読めずに枕元に積みあげられています。

読んでみて全てが頭に残るわけも無く、全てが仕事の役に立つわけもないのですが、それでも読みたくて仕方が無いものだから読めなくて残るのは後悔ばかり。

お金を払って後悔を買っているようなもの。買わなきゃいいのに。

具体的知識の増殖や新たな発想の種を拾えることを望んでいるのですが、確信できるものは拾えずに、結局のところは仕事の企画に繋がる何か、大雑把な世の中の流・・・・程度に留まっています。

それでも買うのをやめようとしない「欲」に本当は感謝するべきなのでしょうか。






2006年12月03日(Sun)▲ページの先頭へ
洋便器は小さくすれば便所を広くしなくてもいい
障害者の方など健常者以外の方のためにと叫ばれている「バリヤフリー」とかユニバーサルデザイン」。

そのための改修工事の一つの方法が便所を広くして、入りやすくする、補助器具を設置する、など。

最近の洋便器はエロンゲート(大型)レギュラー(普通)も以前のタンク付きのものより10センチ以上全長が小さくなっています。
そして便座の穴の形状が使いやすく改善されています。

私も最近メーカーさんのショールームで見てみて今更ながらびっくりしました。

確かに小さくなっているのは感じていましたがこれほど工夫が進んでいるのを、自分で舐めるように眺めてスケールを当たってみて分かりました。

したがって、従来からある便所の便器を取り替えるだけで、壁を破って広くする必要がなくなる可能性が大きく広がったということです。

大騒ぎすることではないような話ですが、まさにその不便さに苦しめられている方にとっては朗報です。

さらに発展させて、便所とお風呂と洗面所をひとつの空間にすると良いのではないでしょうか。

古いマンションのワンルーム型のユニットバスを思い浮かべている方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではありません。

高級ホテルの広い空間のイメージで便利さを追求してみたいと考えています。



2006年11月22日(Wed)▲ページの先頭へ
どこまで行っても設計監理者と施工者は平行線であるべき

グレコサイドテーブル2個セット






何年現場監理をやっていても思うのは施工者と監理者は平行線です、・・・というより最近はそうあるべきと感じるようになってきました。

自己満足ではなくこの年齢だからこそ確信をもっています。

この言葉はお互いの立場を理解しあわないほうが良いということを言っているのではありません、むしろその逆なのです。

きっと若い監理者には分からないでしょうね、残念ですが。

設計者と施工者は現場という土俵の上で甘えた関係を期待しあっていては、建築主に対して失礼で良い建物は残して挙げられないということです。

特に個人の住宅では真実です。

例え方が小さくてピントがぼけるかもしれませんが、民間工事でのコンクリート打設時の塩分濃度試験をするかしないかの施工者との押し競饅頭なんかがあります。

内陸部でのコンクリート打ちだからと確認を怠ると後悔が残ってしまいます。

これをキッチリ自信を持って目くじら立てずに指示できるのは、やはり経験の豊富な監理者にのみ出来る技(わざ)と言える。



2006年09月13日(Wed)▲ページの先頭へ
作る楽しさ、住まう楽しさ




どんな仕事も楽しいばかりで終わることはありません。

苦しみが伴うからこそ楽しみもひとしお感じられることもあります。

また常に楽しさを感じながら仕事をすることは出来そうで出来ないことです。

ところが、好きでやっていることであったり、一回でもその仕事の醍醐味を感じているとちょっとした苦しみも難なく乗り越えて、知らず知らずのうちに面白さを感じてしまっているという場面にも出くわします。

それは永年同じ流れの中で身を浮かべているせいかも知れません。

そんな経験の中から最近感じることの一つに作る楽しさがあります。
しかしそれは作る側、設計者のエゴでしかないのかもしれません。

そのエゴは建築主にとっては必ずしも悪いことではなく有益なことのほうが多いのは確信を持っていますが。

さらに住まう側の建築主は住まうことのほうが当然のように興味が強いはず。
技術的な内容をマニアックに追求してみたい方もいらっしゃいますが、やはり住まう楽しさに興味が強いのは逆に住まう側のエゴ。

そのことにどれだけ思いを馳せて共感できる設計者でいられるかは、多くの経験を積み重ねてゆき、一つ一つの設計経験を丁寧に点検できなければ到達できないようです。

設計のプロと思えるにはそんな考え方の道筋に乗っかっていないと無理なのかなと・・・・・



2006年07月04日(Tue)▲ページの先頭へ
設計事務所と請負業者の違い・その5

グレコサイドテーブル2個セット





続き

・ 全ての費用を知った上で計画的に住まいを作れます
設計者は工事を請け負うわけではありませんので計画段階で住まいを建築する際の全ての費用を算出して検討できます。
設計者は工事請負者のように工事契約を急ぐ必要もありませんので、中立な立場で算出した全ての費用は中立な物差しを作っておくようなものです。
それは冷静な物差しでもありますから算定の結果は必ずしもいわゆるお値打ちな内容ばかりではありませんが、解りやすく言えば監理者不在の場合のように知らないまま工事引渡後の追加請求はありません。



・ 忘れてはならない、設計者の設計には夢があります
なによりも設計者に取っては自分自身の研鑽の場でもあります。
どの建築主さんにもありがちな現状の暮らし向きをそのまま再現するような住まいだけではなく、新しい暮らし向きも提案して方向性を探ることも致します。
それは少しでも夢のある形を作ってゆくための方法だからです。

THE END

ここ数日書き込んでみた文章は、ある施主さんへの説明文章でした。
ちょっと堅い書き方ですが設計者から施主へ向けてのラブレターなんです。(こんな形でしか告白出来ない性格です、笑)


2006年07月03日(Mon)▲ページの先頭へ
設計事務所と請負業者の違い・その4

グレコサイドテーブル2個セット






続き

・設計内容の正確な吟味と検討が工事の費用対効果を高めます
建築主さんは設計者に設計監理委託料、施工会社に工事請負代金を支払うことになり、何か損をするように思えます。
時間は必要ですが設計の検討を建築主さんと話し合いを重ねることにより間違いの少ない、ピントのハッキリした内容を固めてある設計図は、材料の検討比較による費用の節約ばかりでなく、工事の大きなウエイトを占める時間のロスも削減可能なのです。
また計画時に利害の対岸にいる請負業者に関係なく進める充分な検討は、建築主さん自身の住宅に対する理解が深まることも手伝って、結果的に工事費用を凝縮することになり、設計監理費用より以上の効果が生まれます。

続く


2006年06月30日(Fri)▲ページの先頭へ
設計事務所と請負業者の違い・その3

グレコサイドテーブル2個セット






続き

・透明度の高い設計
設計内容によって工事費のサイズはコントロールすることが出来ます。
これは委任契約という建築主との信用関係の裏付けがあり、請負契約のように工事原価を隠す必要もなくそれさえもお教えして透明度を高めることができるのです。
建築主と設計者が委任契約で結ばれる場合には施工者の立場も考慮しますが、工事の完遂ではなく建築主の立場を優先した設計を進めることができる理由です。
だからこそ内容の充実を図ることが出来ると言えます。
勢い施工者には難問を突きつける内容になっていることもあり得ますが、枠にはまった一定の範囲内での設計ではないのです。
もっと言えば逆にローコストを目的にした設計も可能になるのです。
それも工事費に利益を残すことはさておき建築主の負担を軽くするためのローコストなのです。
一方で設計施工という言葉をお聴きになったことがあるかと思いますが、設計をする人(会社)と工事を実行する人(会社)が同一という工事形態です。
大手の建設会社のように組織が目的別に完全に独立しておれば問題はないのですが、少なくとも木造の軸組工法においては、設計事務所のように独立した形の設計監理は無理に等しいと言わざるをえません。

続く


2006年06月29日(Thu)▲ページの先頭へ
設計事務所と請負業者の違い・その2

グレコサイドテーブル2個セット






続き

・設計施工はバランス感のない設計になりがち
建築主と約束した一定の性能を実現したら、他の性能を実現する努力は工事の利益を残す努力に変化してゆくということです。
さらに施工者の設計は自社の考え方を実現する道具であっても、建築主の考え方を丁寧にくみ取る道具にはなっていかないということになります。
これを如実に表しているのは、気密度は良い数字を出しているのにデザインが悪いなどの性能にバランス感を欠いている建物を見かけることです。

続く


2006年06月28日(Wed)▲ページの先頭へ
設計事務所と請負業者の違い・その1

グレコサイドテーブル2個セット






大まじめな文章を書きましたので、毎日続けますのでしばらくお付き合い下さい。

建築主と設計事務所が結ぶのは委任契約と言います、設計料は決していわゆる贅沢な建物を作るための経費ではありません。
むしろその逆であることを以下にまとめてみました。

"設計事務所と請負業者の違い・その1"...の続きを読む



2006年05月16日(Tue)▲ページの先頭へ
窓(マド)と間戸(マド)




窓は英語のwindowの、まさに風を通す部材のイメージ、これを日本人は間戸と書いたようです。
杉原さんの想像ではなく故清家清先生の本にも書いてあります。
間を区切って使用していた日本建築にはこの言葉がピッタリ、源氏物語の絵巻物は教科書でもお馴染みですが思い出していただけるとよく解りますよね。

"窓(マド)と間戸(マド)"...の続きを読む



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カレンダ
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