家庭と過程と仮定







2006年11月17日(Fri)
家庭と過程と仮定
最近は毎日子供が自殺したり親に殺害されているようですが、どうなっているんでしょうね。
これだけ続くとテレビのニュースを見るのも気が重くなります。

家族の役割を考える以前に、その形自体が消えてしまっているのではないでしょうか?

ゆとり教育がまずかったからと教育基本法を改正するんだと大騒ぎしているようですが、その前にそのことを思い起こす必要があるのではないですか。
政治家はこれが教育を見直す第一歩と仮定しているのでしょうか?
あまりに不透明感を感じます。


子供が育ってゆく過程で、家族の絆というものをどういう形で育てるかを考えておくことが大切です。

家庭の役割は、子供の育つ課程を家族がどのように見守り、導いてやるかが大きな役割と考えています。
これは言葉にするほど簡単なことではないのですが、毎日の小さな努力の積み重ねを惜しまず始めましょう。

住宅の設計を考えるうえで、現場監理を進めていく上で、家庭を空間として育む家の作り上げられた物理的価値も重要ですが、同時に作ってゆく過程を家族全員で意見交換して見守ることの価値を見直す必要を改めて感じます。


   




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カレンダ
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