世の出来事〓設計の肥やしログ

世の中のなんでもかんでも設計の肥やしです





2008年04月19日(Sat)▲ページの先頭へ
改正は返して?
年金問題と医療保険問題の話題で世の中もちきり、騒ぎすぎて騒がなくていい人まで騒いでしまっている。

建築基準法の改正がもたらす不況問題や道路特定財源の問題にしても、どうして蜂の巣を突っつくような後ろ向きの話題にばかり注目が集まってしまうのでしょうね?

いままで隠されていた問題を白日のもとに晒してみんなで考えることには賛成です、日本の国が大人の国に生まれ変われるかの境目に来ていることの証拠ではあるのですが。

それにしても物事の本質がどこにあるかを惑わせるような報道はいただけません。

建築基準法を改正して、具体的にどんないい世の中にしたいのか?(単なる弱いものいじめか)

医療保険を見直すことは、人の健康にとって何がいいのか?(そんなのあるわけ無いか)

道路特定財源の闇の部分を暴いて無駄ずかいを少なくすることは必要に決まっているのですが、どうしてそれを許してしまったのか?(どうせ品の無い既得権者のみなさんがなし崩しにしてしまうさ)

なんでもいいけど、そんなの関係ない!

健康は住まいの設計を考え直すという切り口で、問題解決にならなくても自分の力で近づけるということ・・・・分かります?もっと前向きに建設的に明るく切り替えましょうよ。

「室内環境に力点をおいた設計をしてください」と設計者に注文をつけるだけです。それは。

どうせ政治家さんや官僚さんのやることでは何時のことだかわかりゃしないに決まっている。

建築基準法を改正して新しい資格を作れば何とかなるという結論が甘すぎる、安直すぎる、過去に何度と無く繰り返されてきた、あきあきしてしまう手法。

そしたらこちらはそれを逆手にとって専門家の差別化、スキルアップで報酬を上げちゃうぞ!!!


明るく生きましょうよ。






2007年11月11日(Sun)▲ページの先頭へ
建築に注目が集まるのはいいけれど
建築基準法改正不況という言葉まで囁かれる様になってしまった準備不足の改正法施行。

誰がそんなに急がせたのでしょう?野党勢力でしょうか?官僚の読みが甘かった?

東大を卒業していらっしゃってもこんな程度の混乱を引き起こしてしまうのだから、構造計算の一つや二つ私たち凡人が間違えても許してもらえないものでしょうか。

だって不況を招いてしまった責任は誰が取るんですかね?
また「すみません」と記者会見開いてそれでおしまいですかねー。

失敗して恥かき話を平気で全国ネットに載せてしまう時代においては、本当に個人個人の責任が重くなってきますよね。

あの人ならば信頼できるからと全権お任せなんてのは古い時代の考え方になってしまいました、建築基準法はもちろん、世の中の出来事に関心を持って生きていくのが当たり前の世の中になりました。

フランスでは国の政治に全ての国民一人一人が真剣に議論しているそうです。

日本人も「難しいから頭のいい人に任せておくよ」なんて言っていると知らないうちに時代から置いてけぼりになってしまいます。

自らの身を託す住宅も然り、振り返って考え直すときが来ています。




2007年09月22日(Sat)▲ページの先頭へ
社会保険庁は救いがたい
社会保険庁の話題が毎日報じられているにも関わらず、怒りをブログに書き綴る時間が無くてムズムズしていました。

それほど忙しかった(過去形)この数ヶ月でしたが、社保庁の職員さんのように無駄な時間ではなかったのは救いです。

組織の中では常識化していた保険料の横領のような行為は、内部ではごく当たり前で通っていたに違いありません。

これに似た組織のあり方が、実はどこにでもあるのではないでしょうか。

道路特定財源のように、「国の隅々にまで道路を平等に使える」の大義名分を振りかざして、平気で私物化されている国庫金はいくらでもあるのでしょう。

どこかでボタンを掛け違えてしまった社保庁。

保険料を毎月収めていれば、必ず国が助けてくれるはず・・・と信じて疑わなかった自分がバカでした。

いくら自己責任の時代とはいえ、国が個人を裏切るところまでは考えたくは無かったはず。

ここは、銀行を救ったように、よく分からない審査基準で名寄せなどしていないで無条件に一律一定の基礎年金部分は、全て国が責任もって負担しましょうということにはならないでしょうか。

銀行は救えてても個人は救えないのでしょうか?




2007年07月31日(Tue)▲ページの先頭へ
改革実行力
今回の参院戦の結果はある程度予想できていた。

なんて書くと建築設計の世界から離れるようですが、世の改革を望んでいる人間が思っていたのは、キチッと改革が進んでいないように感じていた、もしくは進んでいたのなら見えるように説明がなかった。

そんな状況で民主党が安部政権の改革ではなく、民主の改革はどうですか?

そう問われると、「民主でもまあいいか」と思ってしまうような状況にあったのだ。

建築申請も偽装事件に端を発した6月21日よりの新法のスタートは、官民問わずに彷徨っているようです。

私の場合、他人事ではないのですが(現に困っている物件を抱えています)、それが自分に対して不利な立場へ追い込まれていくにしても(あくまで建築主に対して)甘んじて受けなければならないと自覚しています。

これがチャンスとばかりに建築主さんに対して建築、特に構造の大切さを説いています。

これが自分で出来る範囲での「改革のお手伝い」であるようです。

それにしても同世代の安部さんに踏ん張って欲しいと願うばかりです。






2007年06月07日(Thu)▲ページの先頭へ
年金記録漏れは誰の責任か?
ここのところ大騒ぎの年金の記録漏れ、保険の不払い、などなど。

国の機関は絶対だと信じていたのに、疑う余地も無かったのに、何たる有様。

大会社の傘下にも入れず無力でどうしようもなくイジマシイ生活を強いられる建築士のおじさんは目が点になっています。

大きな組織の力にも頼る術もない建築士、個人の力、自分の力のみを信じて生きていかなければならない建築士。

どこの誰だか知らない東京の建築士が犯した犯罪のおかげで、否応無く大改正される建築基準法と建築士法にあきれ果てて従うしかない岐阜の田舎建築士。

それでも何とか、自分だけでもコンプライアンス、意地でもコンプライアンス。

もし法を犯せば生活もままならない状況に追い込まれる建築士が腹がたつのは、年金を預かってくれているはずのお役人が、すみませんで済むのかよ?

政治家のおじさんもテレビでお互いの欠点を笑いながら指摘しあって視聴率を稼いでいる暇があったら、議員年金でも自分たちの給料でも削ってお返ししますとどうして責任を取らないの?

どうして建築士だけがコンプライアンスなの?

パンドラの箱を開けたくらいではない、ひっくり返して分解してしまった政治家さん?

あなたたちの行動を見ながら、今育ちつつある将来を背負う子供たちに恥ずかしくないの?

恥ずかしい分けないよね。これも地球温暖化の間接的仕業と逃げてしまうか。

定規がないと線が引けない建築士にはどうしても理解できない。何とかしてもらわないと刑務所に入れるぞと脅かされても税金も出したくない。

これだけ書いてもちっとも気が晴れない・・・・・






2007年05月29日(Tue)▲ページの先頭へ
言葉と住まいの設計
ハードで重いバックミュージックに乗せて聞こえる透明感のある歌声、シンプルでダイレクトに伝わってくる詩。

昨日不慮の事故で無くなった坂井泉水さんの詩は自信も言ってみえたように、歌詞を大切にした歌声はバブルの崩壊にあえいでいた時代を清涼感で包んでくれていたようにも感じました。

私の世代でも車の中には彼女の歌声の詰まった「カセットテープ」が何本もあり、まだ最近も楽しんでいました。

詩を大切にする、言葉を大切にするということは設計にも言えることです。

果たして自分の住まいがどのようになってゆくのかを知る場でもある設計打ち合わせでは、どのような言葉を使えば意図が伝わるかを考えさせられる場でもあります。

職業の癖でしょうか、つい理屈っぽく専門的になりすぎてしまう説明を、坂井さんの詩のようにシンプルに確実に伝えたいものです。

何年たってもうまく伝わらないものです。





2007年05月13日(Sun)▲ページの先頭へ
公共工事の入札辞退者が300件以上?
今日、日曜日の朝に見た国営放送の特集番組です。

愛知県で話題になった公共工事の談合問題に関連して、公共の工事予算が毎年減少していることもあり、入札辞退者が相次いでいるということに関して、その原因と対策事例を特集していました。

過去の入札では予算の提示も無いまま入札をされていたのですが、最近は工事予定金額をあらかじめ公示されているのが多くなりました。(最近の経験では予定の金額さえ公示せずして行われたことがありましたが、何か統一感のない考え方です)

番組の中に現れた建設会社では、提示された予算で赤字が出ないかを検討のうえ、赤字になるという結論にもかかわらず役所との関連もあり、予算よりちょっと低い札を入れられました。

さらに低い落札者があり、結果は入札できなかったのですが、「赤字になると分かっている工事を粗悪工事に震えながらやるより、落札せずに済んだだけでも良かった」という感想でした。

経営的な事情は各社各様でしょうが、公共工事の受け側の姿勢はこれでいいように感じました。(・・・当たり前のことを言っていても当たり前に聞こえないのが笑えてしまいます)

経営的技術的に自信のある会社がいわゆる「頑張れば」いいのです。

公共工事の「おいしい」ところを守ろうとする既得権や団体の存在が工事を粗悪なものにしていると考えたほうがまともです。

設計の立場での入札でも同じです、だだ予定の予算と工事の内容をしっかり伝えないまま、短期間で稲妻のように実行される入札に出くわすと、どこかで不協和音を発している音源の存在を感じます。

それが大人の世界だと言った人がいましたが、どこに大人の世界があるのでしょうか?・・・大人のほうが子供っぽいですね。





2007年04月14日(Sat)▲ページの先頭へ
建築士は悪人か?
今年の6月の建築基準法の改正内容をご存知ですか?

といっても建築の設計を職業としている関係者だけが騒いでいるだけですが、どうしても許せない大きな一点があります。

それは良心に基づいて設計を毎日進めているつもりなのに法令自体が性善説ではなく性悪説を前提にした体系に変えられてしまうと言いたい内容になっているからです。

ピアチェックという格好のいい言葉で表現されているようですが、法改正前までは構造計算を審査する例えば役所の構造担当者と設計者としての一対一で計算方針を議論してお互い確認しあえば審査は通過しました。

ところが法改正後からはさらに第三者機関に適合性判定と称して構造計算の審査を受けることになります。

もうすでに法改正前夜ということでその予行演習かのようなチェックが開始されている行政にも出くわしていますが、ほとほと時間が掛かることには困り果てています。

厳格な審査をした第三者はその意見に責任を持ってくれるのでしょうか?

適合性判定に要するお安くない費用をなぜ建築主に負担させるのでしょうか?

なぜ評価認定ソフトを使った構造計算ならば費用が安価なのでしょうか?

設計監理者という立場に何をもって資格を認めているのでしょうか?

このような厳密な審査を受けなければならない建物規模のボーダーラインが柱間隔6m以上というのも困ったものです。

何故かと言うと公共性の強いものだけでなく小規模なものまでもその対象になってしまうからです。

専門家にしか理解できないような話題で恐縮ですが、問題山積みのままで規制強化だけに走ってゆくやり方は賛成できません。

設計者も意見を持ち選挙権を持つ個人であり国を支える納税者であることを忘れずに、
設計者一人一人に対する評価の方法を法的に盛り込んでいって欲しいものです。


また建築主の意見を代弁する設計者ではいられなくなってしまうのは困ったものです。







2007年03月28日(Wed)▲ページの先頭へ
今回の地震は大丈夫でしたか
前回、免震構造について感想を書きましたが、直後に石川県の地震が発生してしまいました。

輪島は学生時代に旅行したことのある思い出の地です。

地域的にもいたし方ないのかもしれませんが、またもや古い住居に被害が集中しているようです。

壊れた絵を見せつけられると、悲しい悔しい思いと同時に耐震補強という言葉さえ情報として耳に入っていなかったのかと考えざるを得ない状況にも空しさを感じてしまいます。

今回はちょうど日曜日の朝の出来事で、自分のパソコンで名古屋市内の道路網をプリントアウトしていたときに揺れ始めました。

感覚的にいつもより長時間揺れたため、直感的に「今回は大きいぞ、近いぞ」と思いました。

地震が起きる頻度がますます短くなってきており、それに比例するかのように書店で耐震補強について触れてある建築雑誌や参考書を衝動買いしてしまいます。

笑い話ではなく同じ本が2冊になってしまっています。・・・・ごく最近のこと。

自宅の幾棟かも手を加えなければ・・と毎日のように考えています。

みなさんは大丈夫ですか?








2007年03月19日(Mon)▲ページの先頭へ
黒川記章さんと選挙に思う
黒川記章さんとは同じ建築の設計をやっているという共通点以外は縁もゆかりもないのですが、最近、都知事選に立候補されてからテレビのインタビューや討論番組で何をおっしゃるかが興味深くって毎日気になります。

いろいろな事情があって立候補をされているようですが、黒川さんが書かれている本などから想像していた彼の毎日の動きからは都知事としての幅の広い仕事を全てカバーできるとは思えないのです。

あくまで本を読んで知っている範囲での話ですが。

それよりも気になるのは、言動を見させていただいていて大建築家としての見識がこの位のものだったのかと歯痒く感じてしまう寂しさです。

同じ設計を生業にしてらっしゃるあなたはどう感じられますか?

どのような仕事も同じだと信じていることは、自分の専門分野、たとえば建築設計というフィルターを通じて建築設計という言葉で建築設計という武器で、世の中に意見を発表してゆくという道が本来の自己実現であるように感じました。

もっとも黒川さんは石原都政を阻止するのが目的だとハッキリ主張してみえますが。

このところ建築の設計者は世の中の注目を集めている中、我ここのありと張り切っておられる姿はやはり尊敬に値します、その意味では応援したいものです。



2007年02月14日(Wed)▲ページの先頭へ
金融自由化と建築の世界

年収100万円で楽しく幸せに生活する本





最近は債権、投資信託というような建築の技術的な世界から発想を変えてみようと金融関係の本を読み漁ってみています。

住宅金融公庫融資もローンを債権化して運用するという今までの安定感を連想する感覚からはかけ離れた世の中になり、これはなんだろう?と疑問を持ったのが発端です。

フラット35なんてネーミングはよく耳にされることでしょう?

金融の世界は面白いほど様変わりしてきたようです。

厚生年金というのは国が個人の人生を保障してくれるということのように捉えていましたが、なんと401kなんて老後の年金を投資運用しておこうという発想です。

銀行では預金、投資信託は信託会社、保険は保険会社、など金融機関ごとに扱える商品が法律的に固定されていた時代は過ぎ去ったようです。

上場できない小さな会社は事業資金として銀行から融資を受ける以外に生き残る道がないという時代が過ぎ去ってゆくのとイコールのようです。

預金率の高い日本人にとってゼロ金利は確かに痛手ですが、建築の世界が相変わらずの古臭いしがらみに縛られているのに、金融の世界では大きな変化が起こっていることに羨ましさを感じています。

確かに建築の専門性を問われるようになってきてはいますが、ただ規制のための規制になっている思いが強いのは私だけでしょうか。



2007年01月29日(Mon)▲ページの先頭へ
宮崎県知事と建築屋さん




センセーショナルに報じられた宮崎県知事選ですが、皆さんはどのように捕えてみえますか?

長野県知事の例もあり、焦っているのは与党さんだけでしょうか。

タレントさんは人の心を掴むのがお上手なのでしょうか、それにしても不祥事を受けての選挙とはいえ演説がお上手なのには驚きました。

間の取り方や言葉の使い方はあくのない小泉さんみたいです。

現首相よりずっとお上手だとは思われませんか?

個人的には大歓迎です。

こんな知事さんが現れるくらいの出来事も、その結果も受け入れてしまうような懐の大きな国になって欲しいものです。

あるインタビューで地元の建築業者さんは「知事さんは建築をご存じないですから勉強して欲しいものです」と辛口コメント。

それを聞いて思ったのは、当然勉強はされるでしょうが時代の流れを勉強されるのはあなたのほうではないでしょうか?

相変わらずの専門バカのようなコメントに恥ずかしい思いさえ持ちました。

かく言う私も勉強しますが。


2007年01月22日(Mon)▲ページの先頭へ
ゼロ金利政策見直しと設計事務所




最近、マスコミで報じられた日銀の利上げの話。

ゼロ金利はすでに解除されているのですが、意外と世間は冷ややかに眺めていたようです。

その証拠に解除された直後に長期金利が敏感に反応しなかったとのこと。

日銀が徐々に金利を上げてゆくという流れが建築の設計者にどのような影響を及ぼしそうかということを考えてみていました。

それ以前に金利が上がるということは、世の中がどのように変わるのかということ、もっと具体的には企業の投資意欲が出てくるのか、消費行動が盛り上がってくるのかなどの見解を日経新聞関連の書籍で読み漁っています。

まるで設計とは関係なさそうなことなのですがこれが結構面白いのです。

普段触れることのない経済用語には実はよくお世話になる。

建築主さんと契約していただく建設会社の公開資料を呼んでいるときなどは、この意味をもっと深く理解できたなら・・・と勉強不足を後悔しているのですが。

それにもまして経済の大きな流れが変わろうとしている今、小さな弊社にも重要な動きが必要に思えます。

あなたはどう考えますか。興味ないですか。


2007年01月12日(Fri)▲ページの先頭へ
オープン価格と設計事務所




同業の方には強烈で皮肉っぽいタイトルになってしまいました。

こうも言いたくなるような設計料で役所と契約を結んでしまう設計事務所はたまに現れます。

決して後ろ向きに批判を目的に書いているわけではないことを前置きしておきます。

発注者にとっては予算が低く抑えられて良いサービスが得られればそれに越したことは無いはずですから。

そんなことが起きたときに残念なのは、経費が出ないからと手を抜くこと、それではいけないと次からは談合してしまおうと画策すること。

いつも思うのは、赤字が出そうならば辞退すれば良い、無理して契約してしまわずにお断りすればいいのに・・・ということです。

背に腹は代わらないからと赤字の仕事に挑んでも、残るのは空しさばかりです。

最近はこれを称してオープン価格と言うのかなー・・・・と考えることしきり。

もしこれがオープン価格であれば、自然発生的に適正なところに落ち着いていくのではないかというかすかな期待も持っています。

そんなことを考えてばかりいて暗くなっていくより、非現実的でもいいから、どこかのコンペで拾ってくれないかと慎ましやかな夢に酔っているおじさん設計屋でいたいと思っています。





2007年01月04日(Thu)▲ページの先頭へ
家庭のあり方とありよう

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今日はこんなことを思い立って書いてみました。

「家庭のあり方」というと家庭はこうあるべきだ、と一定の形を思い浮かべてしまいます。

これに対して「家庭のありよう」というと家庭のありかたはいろいろあっていい、というような寛容な受け取り方を感じます。

最近次々起こる悲惨な家庭問題や教育問題を耳にするにつけて家族をもつ一員としては気になることばかりですが、当然ですが根本には家庭家族というものがあるのです。

家庭のあり方をこうあるべきだと形を限るように論ずるより、家庭のありようを、こんなありかた、あんなありかたもあるという切り口で考えてみるという、いろいろなケースを大きく捉えるところからスタートしたほうが糸口に入っていけそうな気がする。

一体全体どうなっているんだ、それではおかしい、それは普通ではない、そんなことはありえない、と全否定からスタートして、それはこうあるべきなんだ、こうするべきなんだ・・・と答えを探す感覚は事の重大さが分かっていない人々、外野席で怒鳴っているばかりで現在問題の渦中にある人々には声が届かないのです。

おきた事を何があったのかを具体的にひとつひとつ丁寧に聞き、大人である自分の育ってきた過程や時代、経験とその頃の思いを思い起こして照らし合わせる作業を根気よく繰り返してみること。

時間軸で過程、そして家庭のありようを点検してみること。

人の顔が全て違うように家庭もありようは違います、そしてそれを認める受け入れるポイントを探すことが重要なように感じます。

ありようというのはその家庭内では問題視するほど事ではない場合もあります、だからありようから、その家庭だけのあり方を発見し認め合うという寛容さが欲しいものです。

これは問題解決の糸口発見の手法というだけでなく、家庭内でのひとりひとりの関係にも同様です。

家作りにも同じ視点でそのプランを決定してゆく場面があります。

それはご両親に「お兄ちゃんがどうしても部屋が欲しいといっているので何とかお願いできませんか」とご本人の意思表明をお聞きしたときです。

こんな言葉をお聞きすると、これが本来の設計であると考え方を振り返って修正に汗してみます。



2006年12月23日(Sat)▲ページの先頭へ
昨夜の夢物語



子供の頃からよく夢をみます。

いいおじさんになって何を寝言いってるの?・・・ですが。

ほとんどの人が夢をみているのだけれど、ほとんど朝起きると忘れているのだそうです。

昨夜は久しぶりに覚えていました。

それは、自分の作った住宅に泊めてもらった夢でした、それも子供と一緒に。

あのプランは確か揖斐川町の北方に完成した「私の北方住宅」の2階の北西隅にある子供室でのことでした。(夢の中で)

床についてもう眠ろうかと子供と話していると、下からご家族の話し声が聞こえてきた。

そこでふと思った、1階の話し声が聞こえるのだから2階の話し声も1階で聞こえているのかもしれない。

内容まではもちろん不明確で聞き取れないのだけれど・・・

果たしてこれは住宅の性能としてよしとするか否か。

家族ごとの事情に応じてきっと二分される価値観ですが、概ね良しとするのが私の考え方です。

もちろんその音が構造上の不備が原因であったならそれは論外ですが、ネダレス工法の床でしかも気密をキチンとやっていると平面プランによってはその可能性はあると。

子供が親の話し声をうるさいと感じても感じなくても、家族の営みに任せてよい程度の事柄。

住宅の性能を数値で争う紋切り型の説明を加えること、それに固執するコマーシャル、何か渇きを感じてしまうのは私だけでしょうか。

・・・・夢の中でそこまで突き詰めて考えていたわけでは無いのですが、これだけの出来事にも何かしら教えられたのを気がつき、書き残してみました。



2006年12月20日(Wed)▲ページの先頭へ
雪は景気対策



私の地元、岐阜県の揖斐川町の去年の冬は大変でした。

何が大変かといえば、積雪のことです。

今年は暖冬で、今日12月20日でも屋外での仕事があったのですが、寒いとは思えません。

2004年に完成した住宅のデッキテラスで建築主さんと雑談を交わしていたのですが、むしろ気持ちが良いほどの気温でした。

戻りますが、昨年の冬は本当にたいへんな豪雪でした。

あちこちの屋根や庇、カーポートが雪の重量に耐え切れずに落ちたり潰れたり、穴が開いてしまったり、まだまだ不景気の風の中にあるこの地方の職人さんたちに、思わぬ景気の風が吹きました。

1年が経過しようとしている今でも片つかない仕事がいくつも残っているようです。

今日この頃の暖冬は職人さんたちに早く片付けろと忠告しているように思えてきます。



2006年11月19日(Sun)▲ページの先頭へ
良い子、悪い子、普通の子。




先の自民党総裁候補3氏を「いい子、悪い子、普通の子」だそうです。

吉田茂ゆずりの断定的ものの言い方の人、理路整然としていて出来上がってて印象的でない言い方の人、・・・・・と思います、早口で親しみはあっても頼りない語尾のはっきりしない言い方の人。

やはり小泉節のアピール力には負けてます。

それにしても「いい子、悪い子、普通の子」には思わず笑ってしまいました、失礼。

こんな場面から以下のようなことを連想してしまいました。

設計監理者が存在する現場も何か似ている部分があります。

「いい子」は建築主?「悪い子」は工事担当者?、「普通の子」は監理者?。

こんな人間関係(現場での役割分担でしょうか)で運んでゆくと良い現場が残ってゆくようです。

いい子(良い子かな)と悪い子しかいない現場はケンカになったら収集がつかない、いやケンカにもならないかも・・・これも困った結果なりそう。

それぞれの思いや考え方をぶつけ合える環境がまずあること、そしてお互いの立場を100パーセントでないにしろ理解し合えるが、妥協しすぎないこと。

難しそうですが、建築の監理では、いい子、悪い子、普通の子が揃うと良い現場が残せそうです。


2006年11月17日(Fri)▲ページの先頭へ
家庭と過程と仮定
最近は毎日子供が自殺したり親に殺害されているようですが、どうなっているんでしょうね。
これだけ続くとテレビのニュースを見るのも気が重くなります。

家族の役割を考える以前に、その形自体が消えてしまっているのではないでしょうか?

ゆとり教育がまずかったからと教育基本法を改正するんだと大騒ぎしているようですが、その前にそのことを思い起こす必要があるのではないですか。
政治家はこれが教育を見直す第一歩と仮定しているのでしょうか?
あまりに不透明感を感じます。


子供が育ってゆく過程で、家族の絆というものをどういう形で育てるかを考えておくことが大切です。

家庭の役割は、子供の育つ課程を家族がどのように見守り、導いてやるかが大きな役割と考えています。
これは言葉にするほど簡単なことではないのですが、毎日の小さな努力の積み重ねを惜しまず始めましょう。

住宅の設計を考えるうえで、現場監理を進めていく上で、家庭を空間として育む家の作り上げられた物理的価値も重要ですが、同時に作ってゆく過程を家族全員で意見交換して見守ることの価値を見直す必要を改めて感じます。


2006年09月07日(Thu)▲ページの先頭へ
構造計算は何のため・吹き出した計算書偽造問題・その2

テーブルランプ アクア




ここのところ、某流通センターの構造計算をすすめています。

面積は1800m2位ですが、構造はいたって単純、どちらかといえば意匠屋の私にも計算ソフトを使えば出来てしまう内容のものです。

昨日の新聞ネタは姉歯さんが偽装の事実を認めたとか何とか。
かの不動産屋の元気のいいおじさんはどんなんになったの?

ハッキリさせてもらわないと今日やらなきゃならない計算をすすめる気にもならない・・・のです。

何故って?

民間の審査機関さんは審査の再計算に2ヶ月欲しいとのたまう始末。
確認申請がおりるまで3ヶ月待って欲しい・・・なんて社長さんに言えますか?

同じ立場の経営者としては「とてもじゃないけどそんなに待ってちゃビジネスチャンス逃しちゃう」と断ってもらっても仕方がないと同感してしまいます。

何なんでしょうね、この歪み、捻れ。



かの事件は設計者が施工者に使われたことからおかしくなったんです。

設計者の独立性をもっとハッキリ法的に位置づける必要を感じます。





2006年08月26日(Sat)▲ページの先頭へ
硫黄島の激戦と住まい



昨日の深夜、NHKのスペシャル番組を目が冴えてしまっていて長時間見ていました。

先の大戦での硫黄島の激戦の凄まじさをあらためて見てしまいました。

お盆の頃はこの手の番組は数多くありますが、生き残っておられる方の証言と死亡者のデータ、元アメリカ軍人の証言、島内を隈無く彫り巡らされた日本軍の基地の調査平面図。

それらをベースに語られてゆく激戦の様子を見ていると、何がなんでも戦争はしたくないと感じざるをえません。

小泉さんが何故靖国参拝に拘っていたか。

これも彼の生い立ちと経験を聞いて、ひょっとして彼は任期満了を前にして私たちに財産を残そうとしたのかも知れない、と尊敬の思いを持ってしまいました。

日本軍兵士の塹壕内での様子を知るにつけて、現在の幸せを振り返ると同時に、現在の一般的な住環境のすばらしさを思い直す必要を感じました。



2006年06月16日(Fri)▲ページの先頭へ
忙しいという愚痴




日々多忙なり、どこかで聞いたことのある文句ですが人間贅沢な生き物です。
本日は本来のブログにしてしまいました。
忙しいということは社会から信頼を得ているということであって、収入が増えるということにはならない。
設計という生業を20年以上続けていると収入が増えないことなんか気にしていたら生きていけるわけないんです。

ということは現在不況を乗り越えて生き残っている設計屋さんたちは、みなさんあきらめの産物のような存在、顔にみんなあきらめのにじみ出たおじさんばかりでしょう?
何故か妙に納得してしまう・・・・

健康で忙しく、毎日ぼやいてばかりいるのが幸せな証拠かもしれない。


2006年06月08日(Thu)▲ページの先頭へ
設計者を決める方法・その3

スタンドランプ ベース




今日も昨日も報じている、かの偽装事件。
もうこの書き出しで内容が決まってしまいそうなほど誰もが知っている話題。

"設計者を決める方法・その3"...の続きを読む



2006年04月27日(Thu)▲ページの先頭へ
義務教育に建築学を入れてはどうかな?

スタンドランプ(アップル)




メール投稿をいただいたわけではありませんが、ある雑誌で表題のような記事を見かけてまさに同感です。
「国家の品格」なんて本がベストセラーに上がってきているようですが、誇りもかなぐり捨てたような事件が次々に起こるようになってしまったこの国を思う大人の一人としては、戦前を彷彿とさせる思想教育よりも、建築学を子供たちに覚えてもらいたいものだと感じます。

"義務教育に建築学を入れてはどうかな?"...の続きを読む



2006年04月18日(Tue)▲ページの先頭へ
名義貸し?名義瑕疵?

スタンドランプ(アップル)




昨日のテレビニュースは衝撃的でした。
建築士の名義を貸すなんてカスです!瑕疵か?

いつも思うのですが、確かに生活のためという大命題は存在しますし家族を守るためには仕事は崇高な行為でもあると思います。
学校で教えてもらったような建築を生業にする者の道徳というか基本的レールを脱線してはいけませんよね。

ただ、その基本を狂わせるような波を社会が次々と発生させているのも事実ですが。

それは仕事を確保しようとする方法にその病原といってもよいようなものがあるように思います。また世の中を斜めに見たような形をとらずに正当な形をとってゆきたいと常々考えています。

波を被ってもちゃんと立っていられるような建築士としての自立心を確立していないといけないのでしょうね。それには学生の頃に味わった建築の面白さを思い起こすことから始まるのではないでしょうか。


2006年03月08日(Wed)▲ページの先頭へ
挟土秀平と千成寿司の波紋
《3/7(火) プロフェッショナル仕事の流儀〔挟土秀平〕 全国【NHK総合】start 21:15》 が放映されたからでしょうか、1日に1357カウント、ホームページの《千成寿司と挟土秀平》が閲覧されました。

普段はせいぜい300位なのにちょとびっくり。

以下に内容の掴みだけ紹介しておきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

臆病(おくびょう)者でもいいじゃないか

〜左官・挟土秀平〜

飛騨高山を拠点に置く左官・挟土秀平(はさど・しゅうへい、43歳)。  日本を代表する腕利きの職人が集結した首相官邸の改装では、目玉となる壁作りを一人で担当した。 日本全国で実績を上げてきた挟土だが、現場に立つ姿は、臆病者そのもの。 何度も材料を作り直し、試す。自分に言い聞かせるように「大丈夫か」「怖い」とぼやくウラには、「自信過剰になると、仕事がおろそかになる」という信念がある。 高卒初の技能五輪優勝という快挙で、華々しくデビュー。だがそのプライドゆえに高慢になり、つまはじきにあい、不遇の時代が長く続いた。 プライドを捨て、自分は何もできないとわかった時、本物の職人に近づいた。  「不安」を力に変え、新しい壁を生み出す若きカリスマ、挟土の仕事術に迫る。
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最近、、また北の国でもへんてこな建築士が出てきて閉口していますが、挟土さんの爪のあかでも煎じて飲ませてやりたいものです。


2006年02月13日(Mon)▲ページの先頭へ
カウント158



私の古い友人のホームページ(まちかどけんちくか)が最近ついに一日の来訪者が158人(頭数で)を達成しました。

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2006年02月06日(Mon)▲ページの先頭へ
建築ブックマーク、建築ファイルに「生きたバリヤフリー」を掲載します
真宗大谷派明秀寺が昨年10月に完成いたしました。
伝統形式にこだわりの強いご当地岐阜県大垣市において、ご住職と小生の現代の寺本堂のあり方に現実的使い方や門徒様の意見を踏まえて、将来性ある形を具現化しました。

いつものように、建築家を気取ったような変な派手さを避けて、「みんなに好かれる」「媚びをうらない」デザインと耐震性や室内空気環境の快適さ、体にやさしいバリヤフリーな実質的性能を追求することに重点が置かれています。

内容を読んでみてください。


2006年02月03日(Fri)▲ページの先頭へ
宗教と住まい・その2
住まいを儀式の場にすることについてブログを読んでくださっている皆さんはどう感じられますか?

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2006年01月26日(Thu)▲ページの先頭へ
契約の中身を考える・その9
建築請負契約書には契約約款というのが添付されていますので一度目を通してみてください。といっても細かな文字で法文的に書き込まれていますのでついつい読むのがおっくうになってしまいます。

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カレンダ
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